物語の詞章(台本)です。観能前にご覧ください。
能楽シテ方観世流 松山隆之
唐土の故事、「邯鄲の枕」を題材にする作品。
夢の中、突然に皇帝となる青年・盧生。
その栄華は50年にも感じられたが、実は粟飯の炊けるだけのひと時、「一炊(一睡)の夢」であった。
現実に帰った少年はこの先、何を感じて生きていくのか。
三島由紀夫の「近代能楽集」の冒頭を飾る題材にもなった作品です。
邯鄲の詞章 ↓
https://honobonoh.com/?p=936
松山が、能「邯鄲」シテを、次女(小学2年)が子方を勤めます。
平成31年3月17日(日)11:00開演~16:00頃終演予定
於・梅若能楽学院会館(中野区東中野)
https://honobonoh.com/?p=853
能「江口」
角当 直隆 ほか
狂言「宗論」
野村 萬斎 ほか
能「邯鄲」
松山 隆之
松山 結美 ほか
(他 仕舞数番、下部分の番組をご確認ください)
「邯鄲」の見どころです。
https://honobonoh.com/?p=897
江口の詞章 https://honobonoh.com/?p=932
邯鄲の詞章 https://honobonoh.com/?p=936
◇お申込み方法
https://honobonoh.com/?page_id=80 まで
席種 枚数、お名前、郵送先、連絡先を明記の上、ご連絡ください。
※頂きました個人情報はチケットの発送・能楽公演のご案内以外に使用することはございません。
指定席 正 面(10,000円)
指定席 正面横(9,000円)※僅かな傾斜があります
自由席 中・脇(8,000円)
◇「 富士太鼓 (ふじたいこ) 」の見どころ
狂女・執心・仇討ちの要素が混在する作品です。笠を被って登場するシテには死生観も表現されています。
謡で表現される旅の景色から、対話による現実回帰。亡き富士の憑依も漂う狂い舞う有様。一幕物ですが舞台上で装束替えが行われ、二幕物の要素を兼ねています。
~登場人物
シテ 富士ノ妻 子方 富士ノ女 ワキ 官人 アイ 官人ノ下僕
~あらすじ
萩原院の御代に、楽人が宮中での役をめぐり対立した末、一方が殺めてしまう。後日、院の臣下が遺族を待っていると、娘を連れ添った女性が上京してくる。遺族と知った臣下は楽人の死を伝え、形見の装束を渡す。女性が夫を偲び形見を身にまとうと、心が狂乱して太鼓を敵に見立て詰め寄ってゆくのであった。やがて気を取り直した女性は夫の面影を心に残し、故郷へと帰る。
「 富士太鼓 」 ・・・物語の流れと詞章(太文字は場面情景、細文字は台本です。)
1.萩原院の臣下による富士と浅間の間に起きた事件を伝える。
ワキ「これは萩原の院に仕へ奉る臣下なり。偖も内裏に七日の管絃の御座候により。天王寺より浅間と申す楽人。これは雙無き太鼓の上手にて候。また住吉に富士と申す楽人。これも劣らぬ太鼓の上手にて候が。互に管絃の役を望みまかり上りて候。さるほどに浅間此由を聞き安からずに思ひ。彼の宿所に押寄せ。敢えく富士を討つて候。まことに不便の次第にて候。定めて富士がゆかりの無きことは候まじ。若し尋ね来りて候ば。形見を遣はさばやと存候。
2.富士の遺族が都に訪れる。
シテ子方「雲の上なほ遥かなる。雲の上なほはるかなる富士の行くへを尋ねん
シテ「これは津の国住吉の楽人。富士と申す人の妻や子にて候。さても内裏に七日の管絃のましますにより。天王寺より楽人めされ参る由を聞き。妾が夫も太鼓の役。
シテ子方「世に隠れなければ。望み申さんその為に。都へ上りし夜の間の夢。心にかゝる月の雨
身を知る袖の涙かと明かしかねたる夜もすがら。寝られぬまゝに思ひたつ。寝られぬまゝに思ひ立つ。雲井やそなた古里は。後なれや住吉の松の隙より眺むれば。月落ちかゝる山城もはや近づけば笠を脱ぎ。八幡に祈掛帯の。結ぶ契の夢ならで。現に逢ふや男山都に早く着きにけり都に早くつきにけり
急ぎ候程に。都に着きて候。此所にて富士の御行へを尋ねばやと思ひ候。
3.官人に案内を申し入れる。
シテ「いかに案内申候 狂言「云々
シテ「これは富士がゆかりの者にて候。富士に引合はせられて給はり候へ 狂言「云々
4.富士の身の上を聞かされる。
ワキ「富士がゆかりと申すは何處にあるぞ シテ「これに候 ワキ「偖これは富士がため何にてあるぞ
シテ「恥かしながら妻や子にて候 ワキ「のう富士は討たれて候よ シテ「なにと富士は討たれたると候や ワキ「なかゝゝのこと。富士は浅間に討たれて候
シテ「さればこそ思ひ合はせし夢の占。重ねて問はゞ却々に。浅間に討たれ情なく
地「さしも名高き富士は何ど。煙とはなりぬらん。今は歎くにそのかひも無き後に遺る思子を。見るからにいとゞなほ進む涙は堰きあへず
5.形見の道具を受け取る。
ワキ「今は歎きてもかひなき事にてあるぞ。これこそ富士が舞の装束候ふよ。それ人の歎には。形見に過ぎたることあらじ。これを見て心を慰め候へ
6.夫への思いを連ねる。
シテ「今まではゆくへも知らぬ都人の。妾を田舎の者と思しめして。詐り給ふと思ひしに。まことにしるき鳥兜。月日も変らぬ狩衣の。疑ふところもあらばこそ。痛はしや彼の人出で給ひしとき。みづから申すやう。天王寺の楽人は召にて上りたり。御身は勅諚無きに。推して参れば下として。上を忖るに似たるべし。そのうへ御身は当社地給の楽人にて。明神に仕へ申すうえは。何の望のあるべきぞと申しゝを。知らぬ顔にて出で給ひし
地「その面影は身に添へど真の主は亡き後の忘れ形見ぞよしなき。豫てより。かくあるべきと想ひなば。斯くあるべきと想ひなば。秋猴が手を出し。斑狼が涙にても遏むべきものを今さらに。神ならぬ身を怨み喞ち。なげくぞ哀なる歎くぞあはれなりける
7.(物着)舞台上で舞衣・鳥兜を着ける。
8.太鼓へ執心を露わに娘に太鼓を打たせる。
シテ「あら怨めしやいかに姫。あれに夫の敵の候ぞやいざ討たう
子「あれは太鼓にてこそ候へ。思の餘りに御心乱れ。條無きことを仰せ候ぞや。あら浅ましや候
シテ「うたての人の云う事や。厭かで別れし我が夫の。失せにしこと太鼓ゆゑ。ただ怨めしきは太鼓なり。夫の敵よいざ撃たう
子「げに理なり父御前に。別れしことも太鼓ゆゑ。さあらば親の敵ぞかし。撃ちて恨を晴らすべし
シテ「妾がためには夫の敵。いざや狙はん諸共に
子「男の姿かり衣に。武具なれや鳥兜 シテ「恨の敵うち治め 子「鼓を苔に シテ「埋まんとて
地「寄するや鬨の聲立てゝ。秋の風より。凄ましや
シテ「打てやゝゝゝと攻鼓 地「あらさて懲りのなく音やな
9.シテ自身も太鼓を打ち出す。
地「なほも思へば腹たちや。尚も思へば腹立や。化したる姿にひき替へて。
こころ詞も及ばれぬ富士が幽霊来ると見えて。よしなの恨やもどかしと太鼓打ちたるや
10.(楽) 謡が止み、囃子のみにて舞い出される。
10.次第に心情が強まり太鼓を打ち据える。
シテ「もちたる撥をば劔とさだめ
地「もちたる撥をば劔と定め。瞋恚の焔は太鼓の烽火の天に上れば雲の上人。實の富士颪に絶えず揉まれて裾野の桜。四方へばつと散るかと見えて。花衣指す手も引く手も。伶人の舞なれば。太鼓の役は。固より聞ゆる名の下虚しからず。類無や懐かしや
11.様々な楽に例えられながら打ち据える様子。
地「げにや女人の悪心は。煩悩の雲晴れて五常楽を打ち給へ
シテ「修羅の太鼓は打ちやみぬ。此の君の御命。千秋楽を打たうよ
地「さてまた千代や萬代と。民も榮えて安穏に シテ「太平楽を打たうよ
12.時刻が移り変わり次第に正気を取り戻す。
地「日も已にかたむきぬ。日もすでに傾きぬ。山の端を眺めやりて招き還す舞の手の。嬉しや今こそは。念ふ敵は討ちたれ。撃たれて音をや出すらん我には晴るゝ胸の煙。富士が恨を晴らせば涙こそ上無かりけれ。
13.形見の装束を脱ぎ都を後にする。
地「これまでなりや人びとよ。これまでなりや人々よ。暇申してさらばと伶人の装鳥兜。みな脱捨てゝ我が心。乱れ笠乱れ髪かゝる思は忘れじと。また立反り太鼓こそ憂き人の形見なりけれと。見おきてぞ帰りけるあと見おきてぞかへりける。
— 大般若 —
・解釈
この作品は「西遊記」を題材とした作品で、能の中においても特に躍動感に溢れた一曲となります。
西遊記は三蔵法師が大般若経を得る為にシルクロードを旅する物語。昔の人々がどのようにシルクロードを思い浮かべていたのでしょう?
現代のような情報社会と違い、目にすることのない物への想像力にたけた時代の作品。この作品では砂漠(流砂)を河として表現しています。
・あらすじ
大般若経を求めて天竺を目指す三蔵法師は流沙河で一人の男に出会います。
彼は三蔵の旅の理由を問い、前世で七度この地で落命していたことを語り、それはこの地に住む深沙大王によるもの。
そしてこの男こそが大王の化身で、八度目の今回は経を与えようと言い残して姿を消します。
やがて、目前に飛天や竜神を従えて深沙大王が現れ、大般若経を三蔵に与え行く末を見守るのでした。
登場人物
シテ 怪男(前場) 深沙大王(後場) ツレ 飛天(後場)・龍神(後場)
ワキ 三蔵法師 アイ 大王ノ眷属
・・・物語の流れと詞章(太文字は場面情景、細文字は台本です。)
1. 三蔵法師が中国からインドへと旅をする
ワキ「教への道も秋津洲や。教への道も秋津洲や。数ある法をひろめん
「これは大唐の蓮厳寺の住僧三蔵法師にて候。さてもこの度王城に上り。大般若の妙軸をこの土に渡し。災難を拂ひ人民の寿命を延べんそのために。唐土を離れ天竺に至らばやと志し候
「野に暮し。山に泊りて行く道の。山に泊りて行く道の。満ちたる潮や波を分け峯を越えても里はまだ。
いさ白波の川面や。遠き渡りに着きにけり遠き渡りに着きにけり
「急ぎ候程に。流砂とかや申すげに候。人を待ち渡りの程を尋ねばやと思ひ候
2. 怪しい男がやってくる
シテ「苔の生す。岩根松がね分け過ぎて。雪をも運ぶ。朝嵐
「面白や山を屏風にたとへ。江は天に似たり。月あきらかに残る水際の。春めき渡る。景色かな
3. 二人の対話、流砂と三蔵の関連
ワキ「いかにこれなる人。この川の渡りの程を教えて給はり候へ
シテ「何事を仰せ候や。さすがにこれは流砂とて。真砂も流る水底の。深き千尋を知らず。遠きを言うに邊りなし。あれに見えたる高山は。葱嶺として険しき山。さればこの川を渡り。あの峯を越さん事難かるべし
ワキ「げにゞゝそれはさる事なれども。必ず渡天の道あればこそ。通るためしも候はめ
シテ「さてゝゝ渡天の御望は。何の故にてあるやらん
ワキ「我この度王城に上り。大般若の妙軸を唐土に渡し。四方に拡めん大願なり
シテ「ありがたしともありがたし。汝の前生さきの世も。この大願を起せしかども。遂に叶はでこの川の。主に悩まされ。命を捨てしも七度なり
ワキ「不思議の事をきくものかな。七世のさきを今ここに。見る如くには宣ふらん
シテ「げにゞゝ不審はさる事なれども。法を求むる志。切なるに應へて。賢人も
ワキ「山より出づる
シテ「この川の
4. 流砂の壮大さ、仏法の偉大さ
地「雲より落ちて深き事。雲より落ちて深き事。その幾許は白波の。渡らんは危ふし薄氷を踏むはせめてなり。然れども逢ひ難き。御法乃船やこの川の。淵も瀬とや成るべき頼もしく思し召されよ頼もしく思し召されよ
5. 自然の成り立ち、深沙王の伝説
地「それ川といっぱ。苔の雫より積って萬水と成り。山は又微塵より生じて。雲を穿てる葱嶺なり
シテ「然る故この川に
地「一人の主在しましき。御名を深沙とて。姿は鬼の如くなり
「されども心は佛法を守す御誓ひ。深き千尋の淵にたとへ。三界国土の衆生乃煩悩を集めこの川の。砂と成し給ひしより。流砂と名づけて。その名も深き砂也。然れば汝この経を。四方に拡めん志。前の世よりもありしかど。未だ語らぬ心中を
シテ「三世了脱の智慧ぞと
地「深沙大王は。知ろしめされ給ひつつ。七度まで命を取る。その魂をかれこれが。子と成り。師と成り伴と成り。生を轉じて今よりは。御法の時も合ひに逢ふ。渡天もたやすく御経も今授くるべしや御僧
6. 正体を明かす男が三蔵の前から消えてしまう
ワキ「流砂葱嶺の謂はれは承りぬ。さてゝゝ御身はいかなる人ぞ
シテ「今は何をか裹むべき。我この川に棲んで年久しき。深沙大王とは我がことなり。汝が前生七度まで。障りをなししも我ぞかし。疑ふべからず疑ひの
地「深沙神力の感應。般若の御経與ふべしと。夕波の川面に。瑠璃の面を走るが如く。さらゝゝと向ひに渡りて。待ち給へ玄奘。暫く待てや三蔵
中入 (大王ノ眷属の語り)
7. 辺りに音曲が満ち溢れ飛天が登場し、空が荒れ出し龍神が登場する
下端之舞 (飛天の登場)
地「波や打つ。波や打つ。鼓乃音は汀に響き。峯吹く松の嵐は。自ら琴の調べ。鉦鼓羯鼓御琵琶。鐃鈸や笛篳篥。
二十五菩薩達は。十二の舞楽を。奏しつつ。
彼の玄奘の左右を取り。天乃衣の袖映へて。流砂の波を向ひに渡りて。今こそ渡天も叶ひたりけれ。ありがたや頼もしや。
(龍神の登場)谷風烈しき雲の波。谷風烈しき雲の波。浮び出でたる龍神の勢ひ。小龍を先立て。雲を早め。遥かの谷より上ると見えしが。大龍小龍上人を拝し。渇仰するこそありがたけれ。
あれゝゝ見よや葱嶺の。峯の浮雲風先に吹かれ。落ちくる流湍に雲水渦巻き。山河も六種に震動し
自然の洞の岩戸の内より。般若の御経を儋頭に背負ひ。深沙の御姿。顕れたり
8. 全てを飲み込むかの様に深沙大王が登場する
早笛(深沙大王の登場)シテ「すはゝゝ汝が所願の御経。今こそ汝に與へんとて。懸けたる笈を汀に下し。さてかの笈の上段を開き
地「般若の諸日の諸軸をおっ取り。三蔵に與へ。我も巌の上に座して。御経を開き
シテワキ「大般若波羅密多経巻第一。三蔵法師奉詔譯と
地「高らかに読み上げ給へば。悪事悪魔は萬里に退き。十方世界の諸天の来現吉事は日夜に極まりなし
舞働(深沙大王の舞)
9. 深沙大王から大般若経が授けられる
地「さてこそ汝の。所願も叶ひぬるよと。またこの経を。おっ取って。笈の上段に納め給ひ。早々汝も下向して。四方に御経を拡め給はば我法身の。姿を現じてこの御経の守護神たるべし。頼もしく思ふべし イロエ
ワキ「三蔵御経の笈を負ひ
地「三蔵御経の笈を負ひ。深沙を禮し奉り。流砂に向へば
ソバダチノ手
10. 流砂が割れて、三蔵の道が拓く
地「川波左右に。聳ち立って。平砂と成るを。三蔵喜び踏み渡り。向ひの岸に到りければ。
シテ「深沙も巌の上に立って
地「止まるぞ三蔵止まるぞ三蔵と。呼ばはり給へば。三蔵も見返り。名残りの御暇。川越しに申し。深沙も千尋の淵に臨み。姿は泥犂に。入りにけり
2018/5/27 21:00~
Eテレ「古典芸能への招待」にて放送予定
(松山は飛天を務めています)
・氷室
この作品は脇能(同類に高砂など)です。
爽快な趣きをお楽しみください。
帝による日本の平安を喜ぶ作品です。
舞台奥に据え置かれる台と作り物は氷室山を象徴するものです。
~ワキ一行は旅路途中に丹波氷室山に着き、氷室の謂を聞くことになります。
ワキ「八洲も同じ大君の。八洲もおなじ大君も。御影の春ぞのどけき
~本来は晩春の作品で、山に雪が残る様子が謡われます。
シテ・ツレ「氷室守。春も末なる山陰や。花の雪をも。集むらん
~帝への御調(貢物)を現します。
シテ・ツレ「げに豊年を。見する御代の。御調の道も直なるべし
~氷室(氷の物の供御)の起こりが語られます。
ワキ「春夏まで氷の消えざる謂くはしく申候へ
シテ「昔御狩の荒野に。一村の森の下庵ありしに。頃は水無月半なるに。寒風御衣の袂に移りて。さながら冬野の御幸の如し。怪み給ひ御覧ずれば。一人の老翁雪氷を屋の内に湛へたり。彼の翁申すやう。それ仙家には紫雪紅雪とて薬の雪あり。翁もかくの如しとて。氷を供御に供へしより。氷の物の供御始まりて候
~各地の氷室を紹介します。
ワキ「いはれを聞けば面白や。さてゝゝ氷室の在所々々。上代よりも国々に。数多替りてありしよのう
シテ「まづは仁徳天皇の御宇に。大和の国闘鶏の氷室より。供へ初めにし氷の物なり
ツレ「また其後は山陰の。雪も霰も冴えつづく。便の風を松が崎
シテ「北山陰も氷室なりしを
ツレ「又此の国に所を遷して。深谷も冴えけく谷風寒気も
シテ「たよりありとて今までも
同「末代長久の氷の供御のため。丹波の国桑田の郡に。氷室を定め申すなり
~帝の威光は普く国土に行き渡ります。
ワキ「げにゝゝ翁の申す如く。山も所も木深き蔭の。日影もさゝぬ深谷なれば。春夏までも雪氷の。消えぬもまたは理なり
シテ「いや所によりて氷の消えぬと承るは。君の威光も無きに似たり
ワキ「ただ世の常の雪氷は
シテ「一夜の間にも年越ゆれば
ワキ「春立つ風には消ゆるものを
シテ「されば歌にも
ワキ「貫之が
地「袖ひぢて。掬びし水のこほれるを。むすびし水の凍れるを。春立つ今日の。風やとくらんと詠みたれば。
夜の間に来る春にだに氷は消ゆる習なり。況してや。春過ぎ夏闌けて。はや水無月になるまでも。消えぬ雪の薄氷。
供御の力にあらではいかでか残る雪ならんいかでかのこる雪ならん
~和国も唐土も同じ様子であり、それを陽の光にも例えます。
地「それ天地人の三才にも。君を以つて主とし。山海萬物の出生。即ち王地の恩徳なり
シテ「皇図長く固く。帝道遥に昌なり
地「佛日輝増々にして。法輪常に轉ぜり
シテ「陽徳折を。違へずして
地「雨露霜雪の。時を得たり
「夏の日に。なるまで消えぬ冬氷。春立つ風や。よぎて吹くらん。げに妙なれや。萬物時に逢ひながら。君の恵の色添へて。都の外の北山に。継ぐや葉山の枝茂み。此面彼面の下水に。集むる雪の氷室山。土も木も大君の。御影にいかで洩るべき。げに我ながら身の業の。浮世の数にありながら。御調にも取分きて。なほ天照らす氷の物や。他にも異なる捧げ物。叡感以つて甚だしき。玉體を拝するも。深雪を運ぶ故とかや
~御調(貢物)を生業にする喜びから、その仕事の様を表現します。
この所作は「エブリ」にて雪を搔き集める様子です。
シテ「然れば年立つ初春の
地「初子の今日の玉箒。手に取るからに揺らぐ玉の。翁さびたる山陰の。去年のまゝにて降りつづく。雪の志づりを?きあつめて。木の下水にかき入れて。氷を重ね雪を積みて。待ちをれば春過ぎてはや夏山になりぬれば。いとゞ氷室の構して。立去ることも夏陰の。水にもすめる氷室守。夏衣なれども袖冴ゆる気色なりけり
~夜半の神事を見るように薦めて、氷室守は姿を消します。
地「げに妙なりや氷のものゝ。げに妙なりや氷の物の。御調の道も直にある都にいざや帰らん
シテ「暫らく待たせ給ふべし。とても山路のお序に。今宵の氷調。供ふる祭御覧ぜよ
地「そもや氷調の祭とは。いかなる事にあるやらん
シテ「人こそ知らね此の山の。山神木神の。氷室を守護し奉り。毎夜に神事あるなりと
地「云ひもあへねば山昏れて。寒風松梢に声立て時ならぬ雪は降落ち。山河草木おしなめて。氷を敷きて瑠璃壇に。なると思へば氷室守の。薄氷を踏むと見えて室の内に入りにけり氷室のうちに入りにけり
~(中入)狂言が登場し神事の仕度を進めます。
~やがて天女が現れ舞台を非現実空間へと彩ります。
地「楽にひかれて古鳥蘇の。舞の袖こそ。ゆるぐなれ
後ツレ「変らぬや。氷室の山の。深みどり
地「雪を廻らす舞の袖かな
~氷室の神が来現し御代の平安を讃えます。
後シテ「曇なき。御代の光も天照らす。氷室の御調。供ふなり
地「そなへよや。供へよや。さも潔き。水底の砂
シテ「長じては又。巌の陰より
地「山河も震動し天地も動きて。寒風頻りに。肝を縮めて。紅蓮大紅蓮の。氷を戴く氷室の神體冴え耀きてぞ現れたる
~神が勇壮に躍動的に雪山を駆け巡り、氷を守る様子、氷を都に届ける様子が象徴的に表現されます。
シテ「かしこき君の。御調なれや
地「畏き君の御調なれや。波を治むるも氷。水を鎮むるも氷の日に沿へ月に行き。
年を待ちたる氷の物の供。供へたまへや。供へ給へと采女の舞の。雪を廻らす小忌衣の。袂に添へて。薄氷を。碎くなゝゝゝ。融かすなゝゝゝゝと氷室の神は。氷を守護し。日影を隔て。寒水を注ぎ。清風を吹かして。花の都へ雪を分け。雲を凌ぎて北山の。すはや都も見えたりゝゝゝゝいそげや急げ。氷の物を。供ふる所も愛宕の郡。捧ぐる供御も。日の本の君に。御調物こそ。めでたけれ。
脇能には「舞物」と「働物」があり「氷室」は後者で、音楽よりも言葉の羅列から構成されています。
前場と後場に共通する「氷を守る」ことは、神と人が同一の意思を持っていて帝の威厳を護る事であると伝えているように感じます。
平安を願うことは万民の望みであり、その頂点を一曲の中に輝き保っている。
太陽の光でもあり月の輝きでもあり、眼の奥に拡がる「輝きのパノラマ」。